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スラムの中の学校 ニュートピア
1月1日 新年へのカウントダウンと初日の出
年が明けた瞬間は大変な盛り上がり。カマウさんとスラムが見渡せる丘に立った。電気ひとつないスラムの方角は真っ暗だが、人々の歓声と口笛、「ハレルヤ」の歌声や太鼓の音が聞こえてくる。日本なら除夜の鐘だ。大晦日から続く、らしくない年の明け方で、まったくその雰囲気に溶け込むことはできない。感慨深い気分なども感じずに、スラムの人たちも年明けを祝っているんだなぁと傍観していた。相変わらず続く歓声などに混じって「ドン」「ドン」とトタンのようなものを叩く音が数箇所から聞こえはじめた。「略奪だ」カマウさんが言った。「新年を祝う歓声に乗じて、略奪を行ってる。あの音は玄関を破ろうとしている音だよ―――」。話し続けているその間も断続的にその打撃音は続く。「ドンドンドン」嫌な音だ。「うわぁぁぁぁーーーーっ」「あーーーーーーー」男の悲痛な叫び声が聞こえる。断末魔のような悲鳴。今、この瞬間、人が襲われているというのに、何も出来ない。

聞こえる音や悲鳴から判断すると、略奪は複数の場所で同時に起こっているようだ。カマウさんによれば、これが略奪のやり方なのだという。20人くらいの職を持たない若者グループが一つの賊を構成している。その賊は5人程度のグループに分かれ、それぞれのグループが近隣の別の場所をいっせいに襲い出す。これは賊の規模を不明瞭にし、次の攻撃対象予測を困難にさせる。賊はそうすることで周辺住民を動揺させ近隣同志での反撃決起を防いでいるのだ。

悲痛な叫びと打撃音は依然続く。学校は大丈夫なのか!?ブルを残しているだけに心配ではあるが、もちろん、闇のスラムに足を踏み入れることは死にに行くようなものだ。スラムには警官が一人もいない。見回ることもほとんどない。また殺人のような凶悪犯罪が起ころうと解決することは稀だ。人の命は非常に軽視されている。ある復古主義者がカマウさんを殺そうと画策し、その刺客として若者20名を雇った。彼らに支払われた額は一人20ケニア・シリング(日本円にして32円)だったという。スラムの人の1日分程度の食費。その金が支払われれば、人を殺そうとするのだ。今、彼らが人を殺してでも奪おうとしているものは、微々たる金と、水筒や皿、懐中電灯などの日用品や大工用具である。家の中にあるものは全て持って行くが、宝石やブランドもののバッグ、テレビや冷蔵庫などを奪おうとしているのではない。金目のものはなにもないのである。何もない人が、何もない人を襲う。反抗すれば殺す。

暗闇で人の顔は判別できない。闇に紛れる。特にそれが黒人であった場合、彼らの目しか見えなくなる。目だけが白く目立ち、そこを目玉が動く。その闇の中で、いま、略奪が起こっている。血走った目だけが動いているだろう。狂気。襲っている人も、襲われている人も、昼間にはにこやかに挨拶してくる同じスラムの人たちである。ケニアの現実―――。ほとんど盗るものなどないのに、集団で襲い掛かる。子供達も脅えていることだろう。あの音、あの悲鳴。何ともいえない嫌な気分だ。正月早々に聞く音じゃない。

ベッドに横になってからも、あの音が頭を回った。なかなか寝付けず、ほとんど眠らぬまま夜明け前の朝を迎えた。新年。雨が降っている。初日の出の展望を目指したゴングヒルでも雨に見舞われ、日の出を目にすることは出来なかった。レイク・マヤディで温泉に浸かり、夕方近くに雨雲が過ぎ去ったゴングヒルに再び戻ってきた。眺めのいい丘。眼下に広がるサバンナにあっと息をのむ。どこまでも続くサバンナが夕日に染められている。橙色にかがやく夕暮れの草原。乗ってきたピックアップの荷台から飛び降りて走った。丘の端まで走った。広い、ただただ広い。どこまでも走りたくなる。吹きすさぶ冷たい風。西の山に日が沈んでいく。景色に縛られて動けない。柵も道も何もない。その何もない風景に圧倒される。この平原、この大地。日本もこんなところがあったらな。新年―――。沈む夕日をじっと見た。

夕暮れのゴングヒル
夕暮れのゴングヒル

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