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12月16日 ナイロビの街角
勇気付けられた言葉があった。食あたりを告げたオレのメールに「食あたりなんて何度かあると思って、旅を満喫して」とする英子からの返信。らしい返事に、にんまりすると同時にあたたかさを感じた。「わかってるよ」とつぶやくと、力が沸いてくるのがわかった。メールの励ましもあってか、体調については、ほぼ完全に持ち直したようだ。ここ二日間、水とパンしか喉を通らなかったが、今夜は久しぶりの食事に満足できるほど、食欲もある。ビールも飲んだ。薬の副作用か唇はひどく荒れているが、体調についてはサファリに問題ない。

昨晩は使えなかったネットだったが、今日は使えるようになった。親切なネットカフェの従業員たちが、IPアドレスなどを使用できるように設定してくれたからだ。ネットの設定の例だけでなく、アフリカ人たちからはとても親切で陽気な印象を受ける。すれ違って目が合えば、「やぁ!」とニッコリ声をかけてくれる。街角の至る所に、露天が立ち並び、そのどの露天からも大音量の音楽が響く。聞こえてくるアフリカの音楽は寂がない。陽気なハイテンポ一直線。繰り返しのリズムに、人によっては単調と受け取るだろう。それでもからっとしたアフリカの気候に、これ以外の音楽はないのではないか。

ナイロビの街
ナイロビの街
人々でごった返す街角。呆れるほど、みんな用事もないのにブラブラしている。そこかしこで立ち話。日陰でタムロ。同じところを行ったり来たり……。数時間後も同じところで時間をつぶす人たちに驚いてしまう。いい歳をした人たちだが、おそらく農村から出てきた人たちなのだろう。彼らはナイロビに多くいる職を持っていない失業者たちのようだ。運良くナイロビで職を得たといっても、多くは低賃金労働者となる。トラックの荷台に満載されている人たちを見た。建設現場で働く彼らの日給は2ドル程度。多くはスラムから働きに出ているという。ナイロビの治安悪化は失業者たちにある。強盗、殺人などの凶悪犯罪もたびたび起こるが、検挙率は2割と極端に低い。検挙率が低いと、ますます犯罪は増加する。街では警官を頻繁に見かけるが、市民の安全を守っているとは言いがたいと聞いた。
ナイロビのダウンタウン
ナイロビのダウンタウン
犯罪や交通違反を取り締まるのではなく、賄賂をせしめるのに忙しい。警官である彼ら公務員の賃金も低いため、賄賂がなければ生活できないのだという。

犯罪が増えたといっても、やはり日本の都市は安全だ。ナイロビの街を歩くときのような注意が要らない。ここでは、すべての方角に気を配る。群衆の中にいても、時折、刺すような視線を感じるときがある。視線の先はウエストポーチであったりカメラであったり、オレ自身であったりもする。足早に近づく人を感じるときもある。そういったときはさっと振り返り、視線を合わせ、隙を与えないようにしている。日々の生活に苦心している人から、旅行者の姿はどのように映るのか、想像はたやすい。

遊牧民族マサイ
遊牧民族マサイ
昼過ぎにタンザニアの町アルーシャに向かうバスに乗り込んだ。郊外に出れば、大平原以外に何もない。ここでオレは長い角を持つ動物を見た。名前を覚えている数少ない動物であるオリックスを思ったが、角が曲がっていたので彼ではない。ホテル到着後に調べたのだが、生息域や容姿などから判断してウォーターバックではないか。車窓から見るサバンナ。派手な民族衣装をまとったマサイが牛を追う。暮れなずむサバンナと牛を追うマサイ……。これ以上に絵となるものがあるのか。マサイ族は9頭身、いや10頭身といってもいい完璧な肉体を持つ遊牧民族だ。かつては所有する牛を襲ったライオンを狩ることで、一人前の大人の男と認められていたという。しかし彼らの伝統的な生活も、政府の政策によってついに破壊され、今では定住し、携帯電話を所持しているものも多いという……。

陸路での国境越えはヨーロッパで経験して以来だが、ここタンザニアでの入国審査はいたって簡単だった。所持品のX線検査もなく、バッグのファスナをあけてちらりと見る程度。ボディチェックもなかった。特筆すべきは、チェック済みを示すために、バッグに直接チョークで印をつけられたことか。赤いバッグに大きくバツ印を書かれた。

今晩はアルーシャのホテルに滞在している。生まれて始めて蚊取り線香を自分で炊いた。久しぶりに嗅ぐこの臭い。日本の夏。幼いころよく訪ねた母方の祖母の家を思った。

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