ウガンダのちいさな学校 ニュートピア

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旅行では感じられないアフリカ
●旅行では感じられないアフリカ

昨年アフリカを旅行した、地元の友人Nから「アフリカに行ったら絶対にカマウさんの所に行って欲しい!」そう常々、話すたびに言われてきた。カマウさんと言うのは、ここウガンダの首都から4時間離れた田舎町で孤児院をきりもりしている日本人のおじさんで、どうやらかなりの変わり者らしいと聞いていた。「ボランティアに興味が無くとも、旅行中では見えないアフリカの闇の部分が見えるから。」そう本当に、常々言われて来たので行かないわけには行かなかった。

バスと詰め込みtaxi(トヨタカローラに大人9人乗り!!)を乗り継ぎ到着した村はまさに田舎。電気も無ければ、水道も通っていない。そんな場所にある学校「ニュートピア」。実際会ったカマウさんは思っていた以上に暖かく、優しく、「数日の滞在では何もできないのが当たり前なんだから、せめてこの子供達から学べる事を精一杯感じ取って欲しい。」そんな言葉を言ってくれました。

ここで過ごした僅か4日間は今までに無い実感の日々。アフリカを今旅行をして2ヶ月。旅前のイメージであった貧困、飢え。そんなのは一切見えなかった。意外と物はあるし、街中の人々は見ている限り、肉も食べればスプライトも飲む。乞食も少ないし、貧しさの欠片も見えなかった。
ウガンダ-ニュートピア

ここでの毎日は、人によってはやり過ぎだよ!って程にカマウさんの徹底した教育がなされている。

  • 嘘をつかない。
  • 自尊心を持つ
  • 仕事をしっかりやる。
  • 責任を取る。
  • 時間を守る。

カマウさんはアフリカの人々に対して厳しい。「怠けるし、時間は守らないのはもちろん、考えない。そのくせ、お金は欲するんだからどうしようもない。」アフリカ文化のポレポレ(のんびり)を否定する訳でもないが、自分は何をする訳でもなく、しかしお金は欲しいといった怠けぐぜが激しいらしい。

当たり前の様な約束だけれど、もし少しでもこの規律を乱したら例え4歳児でも、お尻を引っ叩かれ、正座で大きなタイヤを持たされたまま何時間も耐えなければならない。

ここに来ている子供達の多くは孤児ではなく、もともとは親や、親戚に養われていたが、実家があまりにも貧しく、養っていけなくなり、預かっている。ここ、ウガンダの田舎町は本当に貧困で苦しんでいるらしく、1日1食。それもバナナのみ、などは当たり前らしい。何しろ、職が無いし、そもそも親は働く気が無い事が多いらしい。アリとキリギリスでは無いが、その場その場でしか判断できず、考える事ができない為、貯蓄という概念はまず無く、ちょっとした干ばつなどで作物が取れなくなると一気に食えなくなるらしい。雨季には有り余るほどになる自然の豊かな恵みを、乾季の為に保存しておこうとは全く思わない。長期ボランティアの日本人ともさんが、寄宿生の実家に家庭訪問した時の驚きは凄かったと話してくれた。土壁で囲まれた家の中は泥だらけでベッドはおろか、「物」というものが一切無かったという。「あれでは子供を養えるはずが無い。」もし、同じ村を旅行者の自分が訪れたらおそらく「日本の様な物質社会とは違い、のんびりしていて、穏やかで良いなぁ〜。」っと感じていたに違いない。危機感の違い。旅行では決して感じる事ができない気持ちだ。
ウガンダ-ニュートピア

カマウさんは20年以上前から、アフリカの現状を救おうと努力してきた。普通NGOなどの団体はお金を集めて、それを運用し、還元するといった形なのだが、カマウさんの場合はほとんどカマウさん自身が日本で出稼ぎしてきたお金が財源になっているという驚くべきシステム。現地の人々の為にお金を集めるわけではなく、お金を集める為に貧しい現地の人々を使う。慈善団体にまつわるダークな話はアフリカを旅行してから嫌と言うほど耳にしてきた。「無関心な人から集めたお金など使いたくない。」言うのは簡単だが、やるのはどれだけ難しい事か。考え方によっちゃ、様々な意見があると思うけれど、実際無援助でここの子供達を養っているには事実。そんな図式を今までに何組も見てきたカマウ氏だからこそできる事なんだと思う。

朝6時起床、体操をし、早朝のランニング。朝はとうもろこしの粉とお湯を混ぜたどろどろの飲み物が朝ごはん。その後、午後4時まで、多い日は一日8時間授業が行われる。昼ごはんも夜ごはんもすべて火おこしから子供達が手分けして作る。時間厳守は絶対。一分でも遅れたら3食飯抜き。
ウガンダ-ニュートピア
ウガンダ-ニュートピア
水道が無いので近くの池までの水汲みからご飯の支度、洗い物から掃除まで、すべて子供達の仕事。4歳児から15歳までの子供が協力し合って生活をしている。火おこしの為に使うマッチの数まで限られているし、お水だって必要最低限しかつかってはいけない。日本の感覚から言ったらかなりハードで「何をそこまで厳しくしなくても。。。」

しかしカマウ氏は言う。「私達が最悪いなくなっても、子供達ができる事、勉強を教える事以外は援助が無くてもできる様にしておかなければ意味が無い。」その他のNGOなどの施設の場合、先生も経験のある敏腕教師。教室の備品もすべて新しく、料理のおばさんもいて、充実し過ぎてしまっているところがあるらしい。子供達に先進国並みの教育を!!行き過ぎた援助が結果的に子供達の感覚を先進国的にしてしまい、狂わしてしまう場合も多いらしい。ここは先進国ではなく、ウガンダ。周りを見れば、学校は行けないどころか、ご飯もロクに食えない人だらけ。そこには並大抵の気持ちでは到達できないであろう意思が込められていると感じた。私達の場合、たかが4日間の滞在。何が見えるっていったら貧しさと、可哀想っていう気持ちが強い。

「この国で周囲に甘える事無く、自立し、飯を食ってく方法を学ばさなければ意味が無い。」「どんな援助をしたってその国を変えれる人はその国の人だけだ。」カマウさんの教育方針が正しいのか正しくないのかはわからない。ただ実際に、ここウガンダの田舎町で電気も水道も無い場所で、必死にがむしゃらに自分の正しいと思った道をひたすら続けてきた気持ちは真実だと感じた。

20数年前、日本から遠く離れたアフリカの地で慣れない環境、お金の事しか考えていない役人ども。賄賂を払わなければ出て行けと言われ、国外退去になった時もあったらしい。子供達は子供達でそんなストイックな「父親」を畏怖し、しかしそれと同じくらいに尊敬し、愛情を感じている。育ち盛りには質素過ぎると思われても仕方が無いような食事をお皿を洗う必要が無いぐらい完食し、いくら先生達に頭を殴られようと落ち込む子などおらず、すぐに立ち直る。
ウガンダ-ニュートピア

アフリカの貧困。その一つの事に対して半生を費やしてきたカマウ氏。「20数年間戦ってきたけど結局私ができた事はたかが知れている。」そうぼやくけれど、短い期間だがカマウ氏と接した私にはしっかり残されている。1つの事に対して周りに何を言われようと必死に自分の信じた正義を貫き通す姿勢。捨てるのを怖がり、全ての人によく思われたがり、何かを貫き通す意思を無くしていた自分に対して大きく心に響いた4日間でした。お別れの時、子供達のダンスと歌は胸に効きました。
ウガンダ-ニュートピア

世界を旅行し、何が見えるようになるかは分からない。しかしこの様な出会いによって今まで実感の無かった世界と自分が薄い糸で繋がっているという事をおぼろげながら感じ取れるようになってきた気がする。同じ時代に懸命に生きている仲間達。彼らを意識する事で自分に対しての甘さを排除できるようになれればいいのかな。ボランティアとして何が出来たというわけでは無いが、旅行では感じられないアフリカに対する気持ちを学べた事は大きな財産です。

けんじさんとなほさんのサイト:とらべった〜けんじとなほの世界一周旅行記〜


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