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「“出稼ぎ!”のウソと 新体制の支援事務局」  〈2012年 6月15日〉

過去25年間と同様にこの3月、当然のごとく “出稼ぎ!” と思って日本にやって来たが、結果的に今回の日本滞在は“稼ぎ”にならない結果になってしまった!!

UGを出る前の計算では、いとも簡単に少なくとも18万の本業を X 3ヶ月。合間を縫ってもう1つの短時間バイトで10万円 X2ヶ月、と踏んでいた。 そこから往復航空券10.5万、(毎月の家賃3万、食費1.5万、国内交通費・交際費1万) X  3ヶ月、母親に10万。都合、74万ー37万=37万円(11百万シリング・先生の70か月分の給料相当)位は持って帰れるだろうーーと高を括っていた。が、5年ぶりの日本の現実は老いさらばえた浦島太郎には、あまりに厳しかった。

まず帰国しての2週間ほどは、カンパラ〜ナイロビの夜行バス15時間、ナイロビ〜関空の53時間の長旅の疲れで体調を壊し、就活が出遅れてしまう。最初、より良い賃金を求めて東京で何枚も履歴書を書き送り、色よい返答を待つが「当社は60歳定年ですので」と、同じ言葉が繰り返されるばかり。5年前宿泊した五反田のドミトリー同様の、3万円ぐらいの安宿を探すも東京では至難に見える。

結局、家賃の要らない大阪の家に戻り、低賃金覚悟で職を探す。某大使館の調査の仕事が面白そうで応募し、請負会社で採用が決定する。が、その後の大使館の3週間に及ぶ徹底調査で、私がかつて(2003年3月〜5月)その建物前に座り込んでハンガーストライキをしたのが発覚。やむなく、配置替えで他の商業施設での警備員の仕事に回される。

5年前の東京で時給1350円だったのが、今回60を越え、兵庫県で、そして日本経済の冷え込みもあって、時給が850円!その上の、毎日毎週大きく変わる警備のシフトーに身体がついていかず、また病院に行く時間もままならず、結局1ヵ月余で止めてしまった。

そのあと残り30日は、会合で東京に2回行く合間に、病院を駆け巡った。当初、生活保護を受け、医療費が無料にならんかなあアーと、都合のいいことばかりを考えて日本に来たが、結果的に医療費計6万円の出費となってしまった。(これでも、医者の言う薬・検査をなるだけ端折ったんだが、、)。今帰国を前に、ざっと清算してみるに、今回の“出稼ぎ”は航空運賃分位の赤字! となった。
「 どの面下げて故郷に、子供たちの前に帰れようか!? 」とは、言いません!

と言うのは、この3ヶ月の間に私の人生にとって刮目すべき進展が2つあった。
その1つは、NTP支援の組織が それまでの‘支援窓口’から‘支援事務局’に脱皮できたこと。4年前、初代NTP支援事務局が有志(?)によって結成されたが、どうした訳か何の活動もしないまま自然消滅してしまった。そのあと2010年になって、その年に2回NTPを訪問したAさんの肝いりで新たに“NTP支援窓口”がSTARTした。この1年余、試行錯誤を重ねOSSANブログのNTP化、HPの刷新等々着実な前進の歩みを刻んできた。

花見には多くのニュートピアのボランティアOB/OGが駆けつけてくれました
そして今年3月、Aさんと盟友青木悟大さん、そしてエストニアへ帰る前の太郎さんと、日本に来ていた自分とで会合を持ち、思い切って今夏第1回のワークキャンプを開催することを決定! 少々強引の感が否めない判断であったが、このNTPが社会に対し初めて打って出るチャレンジを成功させるため、急遽かつての仲間、NTPボランティアのOB/OGに協力を呼びかけた。数名の人たちが快く呼応して下さった。4月22日には桜花爛漫の新宿御苑に、16人もの新旧の仲間が集まって下さり、初のNEWTOPIA花見懇親会!まで開催。

ニュートピアのワークキャンプに興味・関心を持って下さった方たちが説明会に集まって下さいました
以来会合に会合を重ね(ほとんどが、最寄の公園かサイゼリアだった)、6月2日にワークキャンプ第1回の説明会を開催した。予想を超える多くの人たちが参加してくださり、今日現在のワークキャンプ参加予定者数は定員10名に対し6名となっている。6月24日の第2回説明会の後、定員が満たされることを期待したい! 恐らく間違いなく、9月の第1回ワークキャンプは成功裡に終わるであろう!(これは私の決意でもあります。)

多くの方が既にお聞き及びかと思いますが、事務局長のAさんが何をトチ狂ったのか?この5月末でお仕事を退職され、8月5日のワークキャンプ事前研修会の翌日、UGに向け出発することになっております。ご本人は、「OSSANもいつまで元気で居れるか分からない現状で、その亡き後誰かが引き継いでゆく準備をしなければならない!」と、持ち前のガンコさに加え「なんとかアフリカの未来を変えていける筋道をつけたい!」と、堅忍不抜の決意で、今その準備に余念ない日々を過ごしております。(UGで子供の姉になるのはともかく、母になるかどうかは別にして?)

彼女が日本を去った後の事務局の体制がどうなるか?ーーをご心配のムキに、ここで私が愚考しますことを申し述べたいと思います。まず、AさんはUGに行きっぱなしに成るわけではありません。又、出稼ぎなり他の理由でも日本に帰ってきます。それで、今までどおり事務局長のお仕事を続けて下さいます。そのAさんのサポートとして余田太郎さん(エストニアでユースホステルの運営)、青木悟大さん(IT企業のSE、習志野在)のお二人が事務局次長として奔走して下さる予定です。新しく、事務局会計にこの3月よりHPを読んでNTPに関わり始めて下さっている東村山の江口幸子さん(1部上場企業の管理職)に就いて頂きます。尚、今後事務局のアドレスも江口さんのところにさせて頂きます。あとプロジェクトやボランティア受付担当として、栃久保誠さん( カメラマン、品川在)、堀乃内健さん(大阪で学童保育の指導員、奈良在)のお二人も事務局で頑張っていただきます。その他に何かにつけNTPを応援して下さっている島谷貴生さん(NTP HPの製作・管理者!、WEBデザイナー)、塩田ひとみさん(さる財団の看護師)、鈴木健さん(大学4年生)、西田徹也さん(長野の農業家)、吉川聡司さん(大阪の医師) たちが今後ともの協力を申し出て下さっております。まったく、心強い限りです!

2つ目の進展は、一部の人たちにご心配頂いた、私の健康状態につき、、、。帰国を1ヶ月前にした、5月18日に仕事を止めその後地元市が主催する各種がん健診と懸念の心臓の検診、それにぼろぼろの歯の治療。検査・治療に日に3ヶ所の病・医院を訪れることもありましたが、結局時間が足りず、歯の治療や、前立腺がんの検診はまた来年継続!と言うことになりました。2年半前にUGで起こった心筋梗塞は、精密検査の結果、狭心症ーという事で当面はクスリで対処できるようです。まあ、ほとんど問題なし!−−と言うことで、少なくともあと5年、10年はいけるのではないかと希望を持って帰国いたします。

いつものことですが、とりわけ今回の日本滞在は、多くの方たちにご迷惑をおかけし、言いたい文句も言わずに暖かく支えてくださいました。こんな書面で失礼ですが、改めて心より御礼申し上げます!本当に そして大変に有り難うございました!!!

あす、関空から元気いっぱいに子供たちが待つUGANDAへ帰ります。NEWTOPIAに帰ってよりは、今回学ばせて頂いた事々に、 心入れ替えて子供たち・職員により丁寧に接していけるよう、精進してまいります。

2012年6月16日   買い揃えた70kgを越える荷物の山を前に   
豊中市にて  OSSAN・カマウ 菊本嘉一    合掌三拝!

*補足:ワークキャンプの定員についてですが、Ossanの期待通り、その後多くの方々から問い合わせ応募があり、現在定員の10名を超している状態です。これも全て、NTPを支えてくれている皆さんのサポート無しでは、成しえる事はなかったでしょう。改めて、感謝の意を表したいと思います。

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