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援助も欲しいけど、PRIDEも持ち続けたい! 〈2010年 3月23日〉
Mさん、貴重なREPORTとご意見ありがとうございます。職場はもう新しい部署に着かれたのですか?であれば、当面大変でしょうね? お気張りやス!

あのォ、若干の私側からの補足説明をさせてください。  「日本人に頼りたくない」と言うのは、頑固で言うんじゃないのです。私たちAFRICANは、たとえしんどくっても何処かで決然と“外国の援助にはもう頼らない!苦しくっても俺たちは俺たちの手で国を築いていく!”と言わなければいけない。いつまでもいつまでも “自立するまで外からの援助が必要なんだ!”と言い続けていてはいけない!そして、俺たちは世界と対等なんだ、乞食じゃないんだ!−−という自尊心を持ちたい!5年10年の近視眼で見てはいけない。2世代3世代の視野に立たなければならない。

おそらく日本側からすれば、三食チャンと食べれない、小学校も毎日通えないーというのは、何とかしてやりたいと思うのは当然なのかもしれません。我が家のテーブルの上で快適に座ったままPCに向かい、ありとあらゆる世界の情報が容易にしかもきわめて安価で入手できる,しかも買い物まで出来てしまう。ーと言うようなAFRICAから見れば別世界の生活を享受していると、人を助けるということは、本当に自身幸せを感じれるし、尊いことです。少々の自己犠牲を払ったにせよ、それ以上の心地よさも味わえるのかもしれません。 (私なんぞは最高の幸せを頂いてますが)人によっては、少々の援助をしたからといって、毎日の生活に何の痛痒も感じない、挙句の果てには援助していたことも忘れてしまう。

しかし援助される側では、その些少のお金のおかげで、ご飯が食べれ、学校へ通えてる。それがあるのとないのとは、天地雲泥の差がある。実際よくあることですが、AFRICAの子の里親になった人が、仕事の忙しさにまぎれて決められた時期の送金をうっかり忘れてしまう。現地ではその子は授業料が払えず、停学に。日本で、かーるい気持ちで援助をしてくださる方は多くいるかもしれない。うまくアッピールすれば100万200万の金は簡単に集まるかもしれない。でも、現地では、その金の重みは凄いのです。時に人の生死を左右することもあるのです。そして又、逆に人生を駄目にすることもあるのです。

愚だ愚だと言って申し訳ありません。要するに、わたしたちは援助も欲しいけど、PRIDEも持ち続けたい!私たちの重大な感謝の気持ちを重く受け止めて欲しいのです。そして出来ることなら、AFRICAの我々が(本当は世界が)直面している多くの問題を少しでも理解して欲しいのです。我々の命・人生は、時に日本の方たちの100分の1の値打ちもないのかと思わされることがあります。

    そぼ降る雨のマサカ市にて   OSSAN カユチ 拝

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