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”ボランティア”って言うけれど・・・
この記事は2002年にカマウさんがナイロビにニュートピアを起ち上げた頃に書かれたものです。カマウさんが考えるボランティアとはなにか、カマウさんの思いが率直に書かれています。
ウガンダ・ニュートピアの記事ではありません
AFRICAでの私の一つ目のプロジェクト”MAJUMAINI CHILDREN'S HOME”は、1986年に自己資金600万円で建物を立ち上げ、そこで2人の孤児と寝起きを共にすることから細々とスタート。その後マスコミに取り上げられたこともあり、二年目以降は多くの日本人の方々から支援を受け、資金繰りにはさほど苦しまなかった。

二つ目のウガンダでのエイズ孤児の為の職業訓練学校と、三つ目のストリート・チルドレンの更正施設でもタイミングが良かったせいか、日本で支援しようという団体が現れ、何とか有効な成果を出せる運営を維持する事が出来た。しかし日本から援助をもらうということは、当然金を出す人に納得のいく説明をしなければならない。しかしそれらの善意の人々は善意は持っていても、アフリカというおそらく他のどの大陸でも見られない未開発な部分についての理解はほとんど持っていない。たとえば、”発展途上国”という嘘-実際は”後退途上国”であるという酷な現実。貧しく困っている人を援助すれば”感謝される”と、思う誤解。そして何よりも対等な立場にたっての友情としての援助ではなく、上から下への”与える援助”。 それらの事に起因する多くの行き違いの結果、やはり自己資金で自分の気ままにやる方が良いと思い、1997年、再びケニアに帰ってからは日本への出稼ぎで稼いだ分だけで細々とやっていこうと決意。

今、四つ目で最後のプロジェクトになる、スラムでの給食、教育補助と自立支援に取り組んでいるところです。

ところで、私は日本で”ボランティア”、即”善行”という響きがあるのに抵抗があります。卑怯な言い方になりますが、<ヤクザも楽しむボランティア!>ボランティアはセックスみたいなもので、自由な愛をベースにしてためされるもので、決して他人に見せびらかしたり、また自慢したり、まして誉められたりするものではない−と思っています。単純に困っている人を手助けして、その人が少しでも幸せに近づけるのを見れるのは他の何事にも代えがたい喜びだ(いかなる物欲の充足よりも)−と考えます。

 私が今いるマイリ・サバというすスラムは、ナイロビ市の中心から東へ5kmのところにある大スラム”マザレ・バレー”から落ちこぼれた人々が住むさらに5Km東の”コロゴチョウ”というスラムで、なお、家賃などが払えなくなったりして更に東へ5Km流れ下ったナイロビの東の最果てに形成されたスラムです。人口は1万人ほどで電気、水道は無く、何よりも”ムンギキ”と呼ばれる狂気の暴力集団が多く隠れ住み、警察も近づかない危険な地域です。住人も無知な人が多く、過去にこのスラムに援助に入ろうとしたNGOも結局協力を得られず退散、現在援助活動が一切行われていない、まれなスラムです。

私もこのスラムに来て3年半の間に、家に20人組の夜襲を受けたり、たまたま人に借りた車を運転していた時に50人ほどの戦闘帰りのムンギキにでくわし、車を大破されながらも九死に一生を得て脱出したり、村唯一の外国人として脅迫を受けたり、命を狙われることが幾度もありました(今現在も)。

正直言って、私のしていることが本当に村の発展に寄与しているのか、自助努力より援助に頼ろうとする傾向の強い人々に助長させているだけではないのか、と思うことが幾度もあります。おそらく、徒労に終わるであろう予感が強くします。 まぁ、野垂れ死にも善しとしようか!!

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