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2003年のケニヤにて。

2003年が閉じようとする12月、ケニア最大の日刊紙デイリー・ネイションが大変悲しい衝撃的なニュースを報じました。最新の国連機関の発表では、「アフリカの多くの国で平均寿命が大幅に下落している」というのです。それによると、1998年の調査から5年経った2003年、ケニアの平均寿命は52歳から46歳に6歳も下降しているのです。主な原因は、今アフリカ諸国を席巻しているエイズ禍の拡大です。

他の南部アフリカの国々でも、軒並みにこの5年間に3歳から6歳も平均寿命は下降しています。エチオピアでは42歳から37歳へ、ザンビアでは38歳から34歳へ、そして世界最低の平均寿命を更新したボツワナでは、38歳から33歳にまで下がっているのです。まったく信じがたい統計です!21世紀に入ったこの同じ地球上でです。

それのみならず、世界の平均寿命ワースト40位はすべてアフリカ大陸の国々が占めているのです(アフリカ大陸には53カ国あります)。

翻って世界最高の平均寿命は年々伸び続ける日本の81歳です。最低のボツワナとの差は実に48歳、日本人はボツワナ人の2.5倍も長生きしていることになります。

国民の貧富の差を測るひとつの目安になる、一人当たりのGDP(年間国民総生産)を見ても、ケニアは350ドルで、日本の33,000ドルの100分の1強、エチオピアにいたっては330分の1の100ドルでしかない、という信じがたい数値が3年前の統計で示されています。これらの異状としか言いようのない格差を、私たちはどう受け止めればいいのでしょうか?

アフリカの人々は貧しいから、絶えず内戦を繰り返しているから、エイズをコントロールできないでいるから、といって簡単に片付けてしまって本当にいいのでしょうか。

2001年9月11日、アメリカのニューヨークとワシントンで3000人近い人がテロリストと呼ばれる人々によってその尊い命を無くしました。その衝撃的な報道により、日本からもプロ野球選手たちが3千万円もの見舞金を寄せたりするなど多くの同情を集めました。

その時私は「アフリカでは、毎日3万人を超える人々が主に飢えや貧困の為に死んでいっている事実を、日本の人たちはどう見ているのだろうか、知らない振りをしているのだろうか」と考えました。アフリカ人は同じ人間として同等に見てもらえているのでしょうか。

この9.11の事件の後、私は命を無くされた多くの人たちの人生と、アフリカのスラムに暮らす私の周りにいる人々の人生とを比較して考えざるを得ませんでした。

施設の完備した病院で生まれて予防接種も受け、心身の発育に欠かせない十分な栄養も与えられ、着る物も寝るところも何不自由なく育ち、教育も多くの選択肢からよりふさわしいものを選び、その結果エリートとして世界貿易センタービルで働いていたのでしょう。

片や、アフリカで生まれた子供たちは十分な医療を受けられず、麻疹やマラリアでいとも簡単にその尊い命を落としてしまい、よしうまく幼児期を生き延びても毎日の食べ物,着る物、通う学校に選択肢はほとんどなく、ただその日ある金の多寡によって左右、決定されてしまうのです。

ケニアの小学生のうち、44%の児童たちが親が金を工面できないという事情で1年生から5年生になるまでのあいだに退校していきます。よしんば小学校(8年間)、中学校(4年間)を卒業しても、就職の機会はほとんどなく、ケニア全体の失業率は50%を優に超え、1日1ドル(110円)以下で生活をしている人が国民の大半なのです。どんなおいしいものを食べるかという選択はなく、今日何か食べるものが手に入るか入らないかという厳しい現実に生かされているのです。「生きている」とは言い難いような生活をも余儀なくされているのです。

日本は58年前の敗戦直後は、おそらく世界最貧国の一つだったことでしょう。その戦後の焼け跡の中から必死な努力で、今日世界第2位の金持ち国家に成り上がり、現在失業率が過去になく上昇しているとはいえ、多くの国民が飽食しているのではないでしょうか。資源が皆無に等しい国が、世界中から(貧しいアフリカ諸国を含め)食料や工業原材料を大量に輸入し、富を蓄積しているのです。ケニア国にとって、日本は先進諸国の中でも最大の資金援助国ですが、アフリカの抱えるこの極度の貧困の原因に、資本主義経済下の日本が無関係であるとはとても思えないのです。

言うまでもないことですが、自分ひとりだけの幸福などありえません。日本一国だけの平和など決してないのです。幸福とは、周りの人々みんなと共有するものであり、周りの人々が不幸なのに自分は幸福だと感じられるわけがないでしょう。「平和とは、世界中の人々が戦争や貧困に苦しめられることなく、毎日人間らしい生活を送れるようになること」だと、信じたいのです。

ケニアでは、1月に新学期が始まります。私が生活を共にするチルドレンズ・ホームに、来週4歳のジョロゲ君がやって来ます。生まれたときの障害で歩くことが出来ず、いつも十分な食事、トイレの世話をしてもらえず、ベッドの上に置き去りにされているか、赤土の上を這いずりまわっている愛くるしい男の子です。この子と毎日暮らす中で、もし数年のうちに歩けるようになるのなら、引き換えに50年以上も生きてきた私の寿命が今年で終わっても本望だと思います。

追記;この原稿を書き終えた1月9日のネイション紙には、ケニアの0歳から5歳までの幼児死亡率が14年前に1000人あたり89人だったのが去年は114人に増えていると報じられています。 実に30%の増加です。 アフリカ諸国は発展途上国との美名でごまかされることなく、『後退途上国』であるとの現実を直視しなければならないと思います。

〜2003年の記録より〜



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