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スラムの子供達
スラムの子供達
●スラムの子供達

以前、ケニアのスラムにある小さな学校でボランティアとして働かせてもらったことがある。
運営してる人は日本人のカマウさん。20年以上ケニアのスラムに根を下ろし、飯もまともに食えない、教育も受けられない子供たちのために国の援助も受けず一人でやってきた人だ。
僕は建築のリーダーとなり、土壁の校舎を建てることとなった。まともな工具も材料も手に入らないここアフリカで、全てが一筋縄ではいかない作業ばかり。簡単な作業でも丸一日掛かってしまうこともしばしばあった。
校舎の壁として、赤土を掘り出し、水を加えながら足で踏んでよく練っていく。焼けるようなアフリカの太陽の下、膝上までズボンを捲り上げ、泥んこになりながらの作業。足の裏から伝わってくる懐かしい土の感触、スラムを吹き抜ける風が運んでくる土の匂い、幼い頃に感じていたそんな感触を、今は大切にして生きていきたい。そして、充分に練られた赤土を今度は大きな団子にして校舎の壁に投げつけていく。まるで子供の頃よくやった泥んこ遊びのように........後は天日で乾燥させれば土壁の出来上がり。
他にも、セメントを練って床にコンクリートを打ったり、子供達の机を作ったりと、ほとんどが初めての経験。
そして試行錯誤の末、自分達だけで何とか土壁の校舎を完成させる事ができた。

ウガンダ-ニュートピア

ここで働いていくうちに、貧しいスラムの現状が浮き彫りになってきた。
生徒は全部で20人前後、そのうち200円程の月謝を払えているのはたったの2、3人だけ。そして一日一回の学校での給食が、唯一の食事の機会となっている子供も多いのです。
ママ達の日課といえば、近くにある広大なゴミ捨て場へ少しでも生活の糧になりそうなものを掘り出しに行くことだった。一度ついて行ったことがあるが、どう見てもゴミとしか思えない物をみんな必死で拾い集めていた。ある人は、タイヤからサンダルを、またある人は、ボロキレを縫い繋ぎ洋服を作っていたりと、生活の中で無意識のうちに身についた生きようとする逞しさをひしひしと感じた。

スラムの中で日本人が運営する学校となると自然と貧しい人々からの標的となる。強盗が入ることもしょっちゅうあり、バラ線を張り巡らせても効果はイマイチ。警察があてにならないここスラムでは自らの力で自分の命を守っていかなければならないのだ!
僕達ボランティアも何か力になれないかと案を出し合った。ケニアに限らず、アフリカの人たちは日本人含め東洋人は皆、空手やクンフーが出来ると思い込んでる。ジャッキーチェンやブルースリーの映画の影響だろう。口では小馬鹿にしながらも、実際はそんな東洋人の強さを恐れ、憧れや尊敬の念さえ持っているように感じる。そのイメージをうまく利用してやろうと考えた。
その時のボランティアは、キックボクサーが2人、空手家が2人、それにマジシャン、そしてパントマイマーと個性派揃いだった。

僕達はパーティーと称してスラムからたくさんの人を呼び集め、学校で空手キックボクシングショーを開くこととなった。 マジシャンによるマジックショーで場を盛り上げ、気合と共に登場した格闘家達。空手の型から始まり、ミット打ち、そしてスパーリングに至る本格的なものであった。そして最後は大道芸人によるパントマイムショー。
べったりと白塗りされた顔、そして不思議な動き方は、初めて見るスラムの人達にとっては、滑稽なものというよりも、皆が恐れる魔術師のような不気味なものとして映ったに違いないだろう。このショーによって、この学校には強くて不気味な奴らがいるということを、スラム中に知らしめることができた。

ケニア-ニュートピア

そうまでして守りたいこの学校には、素直で可愛い小さな子供たちがたくさんいる。厳しいスラムの中で愛情に飢えた子ばかり。親に捨てられた子もいれば、5人兄弟みんな父親の違う子など、複雑な家庭模様。家庭から、教育環境を改善しようとよく家庭訪問にも行った。そして、安い給料のために先生がよく逃げ出すので、僕達が先生の代役をやったこともあった。
この学校を通して、子供たちを通して、実にたくさんのことを学ばせてもらった。
この子供たちの未来が明るく輝いたものになるよう願うばかりだ。

All Good Medicine  ”素敵な事が起こりますように”


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